
豊田市北部、人口一一〇〇〇人のマンモス団地「保見団地」には、ブラジル人を中心に三三〇〇人の外国人が生活している。保見団地は市の中心から車で二〇分の位置にあるが、公共交通機関が発達せず、移動には車が必要不可欠で、空き室が目立つ。
その空き室対策の一環で、住宅・都市整備公団が公団賃貸住宅を人材派遣会社の、“寮”として利用することを認めたため、住民自治の基本を成す「一戸一世帯の原則」が崩れた。それが保見団地混乱の“元凶”になっている。
単身者の増加は日本人と日系ブラジル人との間で、ゴミ出しや騒音、放置自動車などの生活マナーの問題をもたらした。
そうした困難な事情を乗り越えて、日本人と外国人との共生に向けた、住民側のいくつかの取組が行われている。
団地内の県営住宅集会所では「保見ヶ丘日本語教室」が一一月八日から始まった。三〇人ほどの在日ブラジル人達は、日本語を覚えようと懸命だ。教室は日本語を教えるだけでなく、日系ブラジル人の悩みを聞いたり、日本の習慣を知ってもらう意味もある。
団地内の歩行者用道路のトンネルを巨大キャンパスに見立てた壁画づくりも、共生への取組の一つだ。言葉の壁を越えての共同作品づくりは一一月二九日完成した。二つの取組を紹介する。 (藤原久道)
教室の中心メンバーは野元弘幸東京都立大学助教授(社会教育学)と、保見団地に住むジョージ・セナ・マヨールさん、山岡タニアさん。
教室では「共生のまちづくりと日本語教室」をテーマに掲げている。日本語を学習するとともに、日本人と在日ブラジル人との共生の課題を解決しようという目的だ。受講生には「言葉以外にも様々な問題をボランティアに相談できる」と説明している。
このため、教室では保見での暮らしに結びついた教育方法(課題提起型日本語教育)で日本語を教えている。
「保見での私たちの暮らしと困難」というテーマで、受講生に写真を撮影してもらい、その理由を書いてもらう。それが日本語学習の題材になるのだ。
メンバーは受講生が困っている事を把握でき、それらを題材に日本語を教えることが出来る。
例えば困難な題材に「テレビニュース」が挙がった。
「日本語を勉強するのは、重要な地震や台風のニュースを理解できるようになるため」という受講生も参加している。
また、「平仮名と漢字が一緒になっているので、看板を読むのが難しい。学校や病院は漢字ばかりで分かりません」という声もある。
開講のきっかけは、野元助教授が今夏団地内の在日ブラジル人八〇人を対象に行った「日本語の読み書き能力」の聞き取り調査。
調査から「滞在五、六年目の人でも、日常生活で必要な『危険』『止まれ』や病院での『受付』『内科』などの漢字をほとんど理解できていない」ことが分かった。
野元助教授は「多くの看板は漢字で書いてある。何が書いてあるのか分からずに困っている例も多い。在日ブラジル人にも分かるように、漢字に振り仮名をふる必要がある」と述べ、新しい共生の文化づくりを訴える。
このため、教室では日々の暮らしで使う日本語や平仮名とカタカナの習得を最優先する。
「保見ヶ丘日本語教室」は毎週日曜日午前一〇時〜一二時まで、県営住宅集会所で開催している。教室では「月一回でも大歓迎。出来る範囲内」での日本語ボランティアを募集している。問い合わせはジョージ・セナ・マヨールさん(tel48・1930)まで。
壁画の共同作品づくりは、市青少年センターが開講する「ユース大学国際交流コース」のメンバーの呼びかけで九月二〇日から始まった。
国際交流の在り方を学んできたメンバーが、日本人と在日ブラジル人との問題を抱える保見団地で何か活動は出来ないかと話し合った上での試みだ。
壁画の図案は、メンバーと団地内に住む比嘉ジュニオル君らが考えた。比嘉君は「子供も大人も楽しめる絵を考えた。最初は壁画の上に落書きをされないか心配だったが、大丈夫だった。小中学生にも参加してもらい、お互いに楽しんで描けた」と喜ぶ。
キャンパスは団地内の歩行者用道路のトンネル部分で、奥行き約一一メートル、幅約四メートル。落書きが絶えなかった場所だ。
落書きが減ることを願い、全体的に明るい雰囲気に仕上げた。山や海、空や大地などを背景に、熊やイルカなどのさまざまな動物達がいきいきと描かれている。毎週日曜日、二〇名程度が集まり、コツコツと描き、今回の完成にこぎ着けた。
ユース大学のメンバー、亀田恵子さん(藤岡町)は「自分たちがやっていることを、どれだけブラジルの人に理解してもらっているか多少の不安もありますが、何も行動を起こさないよりも」と参加の動機を語り、「言葉が通じなくても、一緒に絵を描くことで互いの友情が深まりました」とうれしそう。
比嘉ジュニオル君は「壁画づくりをきっかけに仲良くなれた。みんなと一緒に絵を描き、団地内を明るい雰囲気にしたい」と希望を語った。
壁画に描かれている動物などの名前を、両国の人々にも分かるように日本語とポルトガル語で併記した。壁画は一二月一三日公団保見ヶ丘自治区主催の餅つき大会で披露される。